天保年間創業より、葛西屋は「着る」だけでなく、「包む」ことの美意識を伝えてまいりました。
その営みのなかで、常に大切にしてきたのは“用の美”──すなわち、生活に根差した美しさです。
先日訪れた「世界のカバン博物館」は、まさにこの“用の美”の極致。
鞄という道具が、人の暮らしと共にどう歩んできたか──それは呉服に携わる者にとっても、極めて示唆に富む体験でございました。
旅の原点──馬とともに運んだ日々
展示の入口には、馬具と旅装束の再現。
鞍や手綱、乗馬靴、道具をまとめる革の鞄。すべてが実用のために作られたものでありながら、そこには不思議と風格が宿っておりました。
江戸時代、旅人が腰に提げた印籠や巾着、風呂敷に包んだ旅支度もまた、命を支える機能と文化を併せ持つもの。
“包む”という行為は、単なる便利さを超えた、祈りや礼儀の表れであると、あらためて感じ入りました。
鞄に込められた産業の躍動──文明開化とトランクの台頭
19世紀、鉄道の誕生とともに、人の移動が大きく変わります。
それに伴い、トランクや旅行鞄が進化を遂げ、ルイ・ヴィトンをはじめとする名だたるブランドが誕生しました。
旅を支える鞄は、次第に“身分”や“教養”を映す鏡ともなり、装飾性と機能美を融合させた存在となっていきます。
それはまるで、呉服における染めと織りの関係にも通じるもの。見た目の美しさの奥に、緻密な技術と合理性がひそんでいるという点において、実に興味深く拝見いたしました。
スーツケースの内部──現代の「用の美」
現代のスーツケースを分解展示したコーナーには、私も驚きを隠せませんでした。
取っ手一つ、キャスター一つに至るまで、無数の部品が絡み合い、まるで精巧な機械仕掛けのよう。
しかし、これも“壊れぬため”ではなく、“持つ者に心地よく使ってもらうため”の構造。
それは、帯の裏地や、見えぬ箇所の刺し子と同じ心持ち──見えぬ美を尊ぶ、まさに日本的精神が息づいているように思えました。
世界のカバンが語る、風土と暮らし
各国の伝統的な鞄の展示──「BAGS of WORLD COLLECTION」は特に感銘を受けました。
草を編んだ袋、刺繍をほどこした鞄、木の皮を使った容れ物──それぞれが風土と暮らしの中から生まれ、使われてきた“生活の器”です。
これは、木綿の産地による柄の違い、染色技術の差異、季節に応じた絹の選び方といった呉服の多様性に通じます。
その土地に根付いた素材と知恵が、形として現れる──これはまさしく、文化の本質と言えるでしょう。
道具に刻まれる記憶──スポーツと鞄
展示の終盤には、長嶋茂雄選手が使用した実物のバッグと雑誌の表紙が並び、スポーツと道具の関係が紹介されていました。
手に馴染む革の質感、くたびれた角、擦れた金具──それらすべてが、その鞄の“時間”を物語っており、人と道具がともに歩んだ証となっておりました。
呉服にも同じく、祖母から母へ、母から娘へと受け継がれる反物や帯があります。使い込まれたものこそ、尊く、美しい。
その精神は、鞄にも確かに息づいておりました。
結びに代えて
「世界のカバン博物館」は、単なる製品展示ではありません。
そこには、“人が生きてきた証”が丁寧に詰め込まれておりました。カバンとは、持ち主の歩みを背負い、共に時を重ねていく器──まさに、暮らしの伴侶と呼ぶにふさわしい道具でございます。
葛西屋もまた、ただ衣を売るのではなく、「装いに生きる美と精神」を伝える場であり続けたいと、強く思った一日でした。
【ご案内】世界のカバン博物館について
葛西屋店主が訪れた「世界のカバン博物館」は、エース株式会社が運営する、世界の鞄文化を辿れる専門ミュージアムです。以下、最新の正式情報をお伝えします。
■ 博物館名
世界のカバン博物館(The World Bags & Luggage Museum)
■ 所在地
〒111‑0043
東京都台東区駒形1丁目8‑10
エース株式会社東京本社ビル 7階(展示は7階、休憩・記念展示は8階)
■ 開館時間
10:00~16:30(最終入館 16:00)
休館日:日曜・祝日・年末年始および不定休
■ 入館料
無料(予約不要)
■ アクセス
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都営浅草線「浅草駅」A1出口 徒歩約1分
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東京メトロ銀座線「浅草駅」2番出口 徒歩約5〜6分
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都営大江戸線「蔵前駅」A6出口 徒歩約6〜7分
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東京メトロ銀座線「田原町駅」2・3出口 徒歩約5〜6分
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最寄りバス停・駐車場
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「駒形橋」バス停(東西めぐりん) 徒歩約1分
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周辺に有料駐車場あり(徒歩すぐ)